時間がないとか何とか言いながら書いています。

私は個人的に仏教について勉強しているのですが、今日はそのお話。
人間には「意識」と言うものがあります。
これを私たちは「自我」と呼びます。

そしてそのさらに奥に「無意識」(仏教的には深層意識と呼ぶ)というものがあります。

これを、仏教的には「根源的自我」と呼びます。

フロイトはこの無意識の領域は夢の中にあると
いっていますが、夢の中だけではありません。

例えば、10年前に喧嘩をした人がいるとする。
その時に感じた怒りなどは時がたつにつれて、
忘れてしまう。
しかし、10年ぶりにその人と再会した時、10年前にかんじた怒りが不思議と沸々とこみ上げてる・・・

この恨みや辛みを「煩悩」と呼びます。
「煩悩」は「深層意識」の中に存在します。
そして外に現れてくるのです。


ところで、タイトルの植物状態の人について。
植物状態の人は外からは分からなくても、根源的自我があって意識ではなく身体的感覚で感受しています。
だから「生きている」という考え方です。
そして、触覚、聴覚などの感覚はちゃんと働いているので、声を掛けてあげることはとても大事です。

しかし、無意識の領域で感じ取っているので、
声を掛けている人が「どんな心で声を掛けているのか」を感じ取っているのです。
だから、一番愛情の深い人が声を掛け、手をぎゅっと握ってあげなければ意味が無いのです。

逆に、植物状態の人の前で財産について親族が話し
出したりすると、ちゃんとその会話が本人に聞こえているので、後に目覚めることが出来た時、一番欲深かい発言をしていたあの人には絶対に遺産は渡さない!なんてこともあったそうです。(笑)

そして、まあその植物状態の時の記憶がある人が
後に臨死体験とかを語ったりするってわけです。


人間って本当に不思議ですね・・・。



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